メディカルサポネット 編集部からのコメント来年4月から、医師の残業時間は特別条項付きの36協定を結んだ場合、月に100時間、年間で960時間以内に制限されます。今回はオンコールなどで残業代が発生する場合と発生しない場合について、弁護士の川﨑 翔 よつば総合法律事務所東京事務所所長が解説します。本文で判例を見てみましょう。 |
執筆:川﨑 翔(よつば総合法律事務所東京事務所所長/弁護士)
key word:残業代,オンコール
1. 残業代が発生する場合とは?
1)労働時間とは(三菱重工長崎造船所事件)
まずは,どのような場合に残業代が発生する「労働時間(勤務時間)」と言えるのかという点から紐解いてみましょう。
この点については,最高裁平成12年3月9日判決(三菱重工長崎造船所事件)が下記の通り判断しています。
つまり,労働者が使用者の「指揮命令下に置かれている」かどうかが重要なポイントになります。ちなみに,この最高裁判決では,造船所での勤務について,作業着の着替えや保護具等の脱着等の時間も「労働時間」と認定しています。
2)医師のオンコール待機に関する奈良病院事件
三菱重工長崎造船所事件は,あくまで勤務場所(造船所)での「指揮命令下」についての判断でした。今回のテーマである「オンコール」,つまり自宅等で待機しつつも,勤務先医療機関から呼び出しの連絡があれば,駆け付け等を行うという場合はどうでしょうか。
この点について,奈良地裁平成27年2月26日判決(奈良病院事件)が,医師のオンコール待機(裁判例の中では「宅直当番」と表現)に関し,結論的には残業代の対象とならない(労働時間とはならない)と判断しています。
しかし,この点には注意が必要です。結論だけをみると「オンコール待機には残業代が発生しない」と一般化したくなるところですが,裁判例をよくよく読むと,以下のような理論構成になっています。
上記のような事情から,裁判所は「宅直当番を担当している医師は,産婦人科医師らの申合せにしたがって,宿日直担当医師その他本件病院の職員から連絡があった場合には直ちにその指揮監督下に入ることができるように努めていたと認められるものの,それを超えて,宅直当番の全時間について本件病院の指揮監督下にあったとまでは認められない」と認定しています。
つまり,奈良病院事件は,病院固有の事情が色濃く反映されている裁判例ということができます。このような当該事例の個別具体的な事情の下でのみ適用される法理を示した裁判例を「事例判決」と言います。奈良病院事件はまさに「事例判決」であり,医師のオンコールに残業代が発生するという結論を導くことを躊躇した裁判所の姿勢も垣間見ることができます。
したがって,奈良病院事件の判決があるからといって「オンコール待機には残業代が発生しない」と結論づけることは危険です。
2. オンコール待機に関するパンドラの箱
そして最近,このオンコール待機について真正面から残業代が発生すると判断した裁判例が出現しました。横浜地裁令和3年2月18日判決です。この判決は訪問看護に従事する看護師のオンコール待機について判断したものですが,前述の三菱重工長崎造船所事件と同じ理屈で「労働時間」を判断しています。
具体的には「呼出しの電話に対し,直ちに相当の対応をすることを義務づけられていた」として,労働時間性を認定し,合計で1000万円を超える残業代を認めています。奈良病院事件に比べ,結論に至る論理自体はすっきりしたものですが,「パンドラの箱が開いてしまった」という感じは否めません。
使用者側は「管理監督者に当たるので残業代は発生しない」「管理者手当が残業代に当たる」との主張をしていましたが,すべて裁判所に否定されています。
その上,この判決では「付加金」の支払いも命じられています。付加金とは残業代を支払わない使用者(会社等)に対するペナルティーのようなものです。本件では800万円弱の付加金の支払いを命じています。使用者側は合計で2000万円近い金額を支払うことになってしまったのです。
病院にとっても,この事件は決して他人事では済まされないものになるでしょう。医師の勤務時間に対する意識の高まりから,医師のオンコール待機に関する残業代請求が行われる可能性は否定できません。医師の場合,残業代算定の基礎となる給与自体が高額ですから,本件に比べさらに高額な支払いが命じられるリスクがあります。複数の勤務医から同時に請求された場合は,さらにインパクトのあるものになるでしょう。
3. 残業代請求のリスクも考慮した人事制度の構築を!
医師の働き方改革が進んでいる以上,医師のオンコール待機と残業代という論点は,今後避けて通れない問題になると思います。オンコール待機について残業代の請求が行われるというリスクも十分考慮した上で,人事制度を構築していく必要があるでしょう。
2006年東大法学部卒,08年中央大法科大学院卒。
「あらゆる法的リスクから医療機関を守り,地域医療に貢献する」ことを理念に掲げ,医療機関の顧問弁護士として活動している。
取扱い分野:交通事故,企業法務(特に医療機関),労働など。
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出典:Web医事新報
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