メディカルサポネット 編集部からのコメント原因不明の急激な血球減少(特にリンパ球)や、原因不明の多臓器不全(MOF)があった場合には、急性放射線症候群(acute radiation syndrome:ARS)も疑います。基本は外部汚染によるものは愛護的に除去、内部汚染による症状は起きている中毒症状に応じて対処します。 |
▶病歴聴取のポイント
被ばく後6時間以内に出現する前駆症状(後述),原因不明の急激な血球減少(特にリンパ球),原因不明のMOFでは,ARSを鑑別に入れる。原因不明な難治性の局所皮膚障害ではLRIを鑑別に入れる。
▶バイタルサイン・身体診察のポイント
【バイタル】
放射線被ばくのみでは,急性期にバイタルサインの異常を呈さないことが多い。
【身体診察】
被ばく後6時間以内に出現する「悪心・嘔吐,下痢,頭痛,発熱,意識障害」は高線量被ばく(1Gy以上)の前駆症状を疑う。中でも「嘔吐」は感度が高い。前駆症状は48時間以内に消退し,2週間程度の無症候期間(潜伏期)の後にMOFを発症する。
▶緊急時の処置
【急激な血球数減少】
被ばく直後からのリンパ球の著明減少(-50%/日),4時間以内の嘔吐(≧2Gyの急性全身被ばく疑い),続く好中球減少(<1000/μL)では無菌管理可能施設に収容して,被ばく後24時間以内にG-CSFを投与する。
▶ 一手目 :グランⓇ注(フィルグラスチム)1回100μg/m2 1日1回(皮下注)
【プルトニウムの内部汚染】
プルトニウム(Pu)曝露後,可及的早期に除染薬を投与する。預託実効線量が200mSv(ミリシーベルト)(年間被ばく線量限度20mSv/年の10倍)を超える内部汚染では投与が推奨され,一方で20mSv以下では推奨されない。
▶ 一手目 :ジトリペンタートカルⓇ注(ペンテト酸カルシウム三ナトリウム)1回1アンプル(5mL)1日1回(100mLの5%ブドウ糖液または生理食塩水に混合し,30分かけて点滴静注,あるいは生理食塩水または蒸留水5mLに稀釈して,ネブライザーで噴霧し気道より吸入),週5日連続で1クール(排泄量を加味して投与クール・数を決める)
▶検査および鑑別診断のポイント
【血液検査】
被ばく後1~10日以内に起こる白血球・血小板優位の汎血球減少(特にリンパ球減少は急激かつ高度),血清アミラーゼ値(唾液腺)上昇,CRP上昇を認める。
【生物学的線量評価:リンパ球減少率,末梢血リンパ球染色体異常頻度】
リンパ球減少率,末梢血リンパ球染色体異常頻度は被ばく線量と相関があるため,被ばく線量推計に用いられる。
▶落とし穴・禁忌事項
高線量被ばくや内部汚染のみでは急性期予後を悪化させないため,上述以外の致死的傷病への対応を優先する。
▶その後の対応
【MOFに対する臓器補助療法】
〈造血器不全症候群〉
悪性腫瘍に対する抗癌剤投与時の副作用対策を参考とする。
▶ 一手目 :〈「緊急時の処置」の一手目に加えて〉グランⓇ注(フィルグラスチム)1回100μg/m2 1日1回(皮下注)
▶ 一手目 :〈出血傾向等で皮下投与困難な場合〉グランⓇ注(フィルグラスチム)1回200μg/m2 1日1回(静注)(感染なしでは好中球≧1000/μLとなるまで連日投与)
▶ 二手目 :〈一手目に追加〉輸血療法:赤血球・血小板・新鮮凍結血漿
▶ 三手目 :〈二手目に追加〉好中球減少症に対する予防的投与(抗菌薬・抗真菌薬・抗ウイルス薬):シプロキサンⓇ200mg錠(シプロフロキサシン塩酸塩)1回1錠1日3回(毎食後),ジフルカンⓇ注(フルコナゾール)1回400mg 1日1回(点滴静注)(感染なしでは好中球≧500/μLとなるまで),ゾビラックスⓇ注(アシクロビル)1回5mg/kg 1日3回(8時間ごとに1時間以上かけて点滴静注)7日間,併用
▶ 四手目 :〈治療変更〉骨髄移植を検討
G-CSF投与後も好中球<500/μLが持続する場合に考慮する。
〈消化器不全症候群〉
▶ 一手目 :5-HT3受容体拮抗薬:カイトリルⓇ2mg錠(グラニセトロン塩酸塩)1回1錠1日1回(朝食後),〈経口摂取困難時〉カイトリルⓇ注(グラニセトロン塩酸塩)1回40μg/kg 1日1回(静注)
▶ 二手目 :〈一手目に追加〉シンバイオティクス:ビオフェルミンRⓇ散(耐性乳酸菌)1回1.0g 1日3回(毎食後)(経口あるいは経腸投与),GFOⓇ(グルタミン・ファイバー・オリゴ糖)1回15g 1日3回(水30mLに溶解して経口あるいは経腸投与)併用
▶ 三手目 :〈二手目が無効の場合〉選択的消化管除染(selective digestive decontamination):オルドレブⓇ注(コリスチンメタンスルホン酸ナトリウム)1回100mg 1日4回(経口あるいは経腸投与),トブラシンⓇ注(トブラマイシン)1回80mg 1日4回(経口あるいは経腸投与),アムビゾームⓇ注(アムホテリシンB)1回500mg 1日4回(経口あるいは経腸投与),塩酸バンコマイシン注(バンコマイシン塩酸塩)1回0.5g 1日4回(経口あるいは経腸投与)併用(ICU滞在期間中毎日投与)
▶ 四手目 :〈三手目が無効の場合〉腸内細菌叢移植(fecal microbiota transplantation):正常人の便を経腸注入
〈LRI〉
▶ 一手目 :熱傷に対する治療戦略(ステロイド・抗ヒスタミン薬・スルファジアジン銀外用,壊死部デブリードマン)
▶ 二手目 :〈治療変更〉複合戦略:皮膚被ばく線量ガイド下早期皮膚切除+有形筋皮弁移植術+間葉系幹細胞の局所移植
【内部汚染に対する除染薬投与】
〈プルトニウム〉
▶ 一手目 :〈「緊急時の処置」の一手目に加えて〉アエントリペンタートⓇ注(ペンテト酸亜鉛三ナトリウム)1回1アンプル(5mL)1日1回(100mLの5%ブドウ糖液または生理食塩水に混合し,30分かけて点滴静注)4日間
以後は尿・便へのプルトニウム排泄率を評価して投与期間を決定する。
▶ 二手目 :〈一手目に追加〉全肺洗浄(whole lung lavage)
全身麻酔・分離肺換気下に行う。施行時は術者・施設に対する汚染拡大防止への配慮が求められる。
【参考資料】
▶ IAEA:Generic Procedures for Medical Response During a Nuclear or Radiological Emergency. 2005.
https://www-pub.iaea.org/MTCD/Publications/PDF/EPR- MEDICAL-2005_web.pdf
長谷川有史(福島県立医科大学医学部放射線災害医療学講座教授)
出典:Web医事新報
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